胎嚢確認~流産まで
記憶にあることから。
2017年12月24日 仲良し
そこまで本格的に妊活!というわけではなかったので、
基礎体温もつけていなければ、生理予定日すらはっきりわからない、
そんないい加減な日々を過ごしていました。
1周期でここしかタイミングがなくて、クリスマスイブだったので覚えています。
確か最後の生理は2017年12月6日頃だったような。
2018年1月17日頃、ああ、そういえば来ていないかも、いやまさかね…。
と検査薬を使用しました。結果はくっきり陽性。
夫婦で「え、あ、まじか!!」となりました…。
驚きはすぐに喜びに変わり、夫婦で男の子かな、女の子かな、名前は…等と話合ったのを覚えています。
2018年1月20日(土)初受診 胎嚢確認(5週目かな~とのこと)
平日フルタイムで働いているので、まずは胎嚢確認のころかな、と土曜日の受診を選択。
娘を出産した病院で受診しました。
大きな大きな総合病院なのですが、娘を取り上げてくれたオジサン先生ではなく、
初めての女医さんと大学生くらいの男の先生が同席する形で診察でした。
エコーで胎嚢が見えて、写真を貰って帰ってきました。
次の診察は10日後、1月30日になり、次は胎芽に運良ければ心拍か!!とウキウキして過ごしていました。
冬だったので毛糸のパンツを買って帰り、足もとも冷やさないように過ごすことに。
つわり等もなく、なんにも考えずにポカンと過ごしていたと思います。
初めて出血を確認したのは1月25日の夜。
胎嚢確認から5日後、おそらく6週目に入ったころだと思います。
それはそれは真っ赤な鮮血でした。
ティッシュにつくほど、どころではなく、生理開始目ごろの出血。
あ、もしかして流産なのか、これが流産なのか??
と心配で心配でたまらなくなり、検索魔の末、翌朝26日受診。
妊娠は継続しおり、小さな胎芽も確認。
ただ、ちょっと厳しいかもしれないね、、でも判断するのはちょっと早いかな、
もうちょっと様子みましょう、これ以上出血が続いたらまたすぐ来てください。
と、言われ一旦帰宅しました。
もうそこからは更なる検索魔。
ここで初めて、妊活ブログをたくさん読み。
妊娠出産が奇跡の連続であることを改めて知ることとなりました。
わかってはいたけど、生まれてくれた娘をより愛おしく思い、、落ち込んでる場合じゃないな、と自分自身を振るい立たせました。
1月27日28日(土日)
出血多く自宅で過ごす。
なんか量多いかも?と思いはじめましたが、
増えたり減ったりでもあったので耐え凌ぐ。
念のため超多い日用のパンツタイプのナプキン?(もはやおむつ)を調達。
1月29日(月)
仕事行かなきゃ、でも出血多いな、と思いパンツタイプの物を使用し、
ふらふらしながら職場へ向かう。鏡をみて、すごく血色が悪いことに気付く。
レバー状の塊(2cm大)が混じり始める。1時間置きくらいに塊が出続ける。
耐えきれず早退をして病院へ。
病院でレバー状のものを拾ってもらうも内膜ではないかとのこと。
「まだなんとも、、、頑張れる?」と聞かれる。
ハイ、と答え、またもや帰宅。帰宅後夜、娘が発熱していることに気付く。
1月30日(火)
娘を小児科へ連れていき、インフルエンザと診断され仕事もしばらく休むことに。
娘と二人、家に引きこもる。相変わらずオムツタイプを着用するほどの出血と塊。
娘の煮込みうどんを作って二人で寝転がる。
万が一の時の為にスマホの操作をそれとなく娘に教える。
1月31日(水)
朝…青白い顔で起きると、さすがに見てられないよ、病院行くか?と旦那。
でも娘ちゃんインフルエンザだし、、何かあったら連絡する、とし旦那を見送る。
昼…貧血でふらつきがひどくなり、旦那を呼び戻す。
旦那帰宅後、、娘も一緒に車に乗せて病院へ。車に二人を残し受診。
青ざめた顔を見ていつもの看護士さんが「よく頑張れたね、つらかったね。」と言ってくれて涙。
女医先生「もう頑張れないよね…つらいよね??うーん、言いにくいんだけど」
私「つらいはつらいですけど、、、どうなんですか?まだ可能性はあるんですか?」
女医先生「可能性はゼロではないかもしれないんだけど、厳しい。出血量が多くて。これ以上待つとお母さんが危なくなっちゃうのね。すぐ手術の準備をしたくて、ご家族は呼べますか?」と告げられる。
車にいる旦那と実家に連絡をする。
実父が駆けつけてくれ、娘を父に託し旦那を診察室へ呼ぶ。
旦那と目を合わせた瞬間、涙が止まらなくなった。
ごめん、ごめん、ってずっと言ってた。
可能性ないなら、早く処置してくれ、と思ってしまった自分を後悔し始めていた。
(事実本当にしんどかったのは言うまでもないですが、私自身が諦めてしまったように感じて、ひどく自分を責めました)
入院の為、診察室から病室に移ることに
歩いてはダメ、とストレッチャーに寝かされる。
看護士さんが「急だもんね、娘さん会いたいよね」と言ってくれ、もう夕方だし、
(患者さんもいないので)マスクして総合受付くらいまでなら連れてきてあげていいですよ、と言ってもらう。旦那が車へ迎えに。
私がストレッチャーで受付を経由して娘と面会。
「ママ!ママ!なんで!どうなっちゃうの?帰ってくるの?」と大泣き。
「大丈夫。ちょっとお泊りすることになっちゃったけど、パパをよろしくね。小さいお嫁さん、してあげてね。絶対帰るから大丈夫だよ」とハグして一時お別れしました。
続きます。